The newcomer’s guide to chess problem (for Japanese only).
チェス・プロブレムの世界
イントロダクション
チェス・プロブレムは、チェスというゲームが始まったのとほとんど同時に存在していました。中世の写本集であるBonus Socius(英訳すれば”Good Companion”)には多くの図面が載っています。
そのうち、世界最古のプロブレムは次のようなものです。
1. Abu Na’am, Bonus Socius 840
この問題を見てもわかるように、最初期のプロブレムのほとんどは、チェックの連続で詰めるものでした。中世にチェスのルールが整えられ、15世紀にはほぼ現在の形になりましたが、プロブレムの方はそのような進展には無縁で、新しいアイデアの発見はありませんでした。
そのような状況が変わりだしたのは、チェスが世界的なゲームとして流行するようになった19世紀のことです。
2.Auguste d’Orville, Problèmes, Nünberg 1842
たとえばこの問題には、Mate in 2で初手のキーにはチェックをかけない手の方がいい、という美意識の萌芽が見られます。
3.Adolf Anderssen, Aufgaben für Schachspieler 1847
この問題だと、白の着手に明らかな戦略的要素が見られます。ここまでくると、もう現代の作品だと言ってもさしつかえありませんが、プロブレムが現在のような芸術パズルのジャンルとして確立するに至った、その起源とも言うべきなのは、次の”The Indian Problem”(「インディアンの問題」ではなく、「インドの問題」)として有名な作品です。
4.Henry A. Loveday, The Chess Player’s Chronicle, 1845
今の目で見れば、白の着手には手順前後などがいっぱいあり、不完全作品としか言いようがありませんが、それはこの際問題ではありません。
この正解手順が発表されたとき、掲載誌であるThe Chess Player’s Chronicleの読者たちは驚きました。プレーヤーである読者たちは、みずからBの利きをRで止めて、ステイルメイトを回避するというような手順をそれまでに見たことがなかったのです。
ここから、実戦とはまったく別物の、プロブレムの新しい可能性が次から次へと見出されていきました。1850年代から1870年代にかけての時期は、プロブレムの開花期と考えることができます。
ここで、詰将棋を知っている人なら、プロブレムの歴史と詰将棋の歴史との、興味深い暗合に気づかれるでしょう。プロブレムがステイルメイトを回避する戦略を発見して、実戦とは異なる世界を開拓したのと同様に、詰将棋も江戸時代に宗看や看寿が打歩詰を回避するさまざまな戦略を発見して、実戦とは異なる独自の世界を切り開いたのです。
19世紀後半におけるプロブレムの隆盛は、パズルの王様と謳われるSam Loydをはじめとして、大勢の人間がチェス盤に潜んでいる新しいアイデアの発見に夢中になったことの他に、それを盛り上げたメディアの影響も無視できません。当時の新聞や雑誌は、読者を獲得するために、チェス・プロブレムの欄をもうけ、そこで創作コンクール(tourneyと言います)を開きました。こうした作品掲載のスタイルは現在でも引き継がれていて、プロブレムの専門誌では常設のセクションを持つとともに、ときおりテーマ・コンクールを開催しています。
ジャンル
プロブレムの中には、ダイレクトメイト、エンドゲーム・スタディ、ヘルプメイト、セルフメイト、フェアリー、レトロといったジャンルがあります。
そうしたジャンルのほとんどは、20世紀の前半に出揃いました。
作品評価
創作コンクールでは、事前に、ふつう一人のジャッジが指名されます。このジャッジが作品のランク付けを行い、くわしい選評を書きます。
ランクには、次のような3つの名称があります。
Prize(優秀作)
Honorable Mention(佳作)
Commendation(準佳作)
世界組織
プロブレムの世界組織は、FIDE(世界チェス連盟)の常置委員会として、PCCCという名称で1956年に設立されました。その後、FIDEからは独立し、WFCC(The World Federation for Chess Composition)という名称に変更して、現在に至っています。日本は1996年に参加が認められました。
WFCCの主な活動は次のとおりです。
(1)創作コンクールの開催
そのうち、特に大きなイべントは、WCCTというコンクール。これは国別競技になっていて、現在までに10回が開催されています。
(2)解答競技の開催
最大のものはWCSC(世界チャンピオン戦)で、年に1度、世界大会の席上で行われます。
もう一つはISC(国際ソルヴィング・コンテスト)で、毎年1月末に、世界中で同じ問題を同時に解くという形式で行われます。現在までに18回が開催されており、日本は第1回から参加しています。2022年は世界で585名が参加しました。
(3)年間傑作選の発行
WFCCでは、FIDE Albumという年間傑作選を3年に1度発行しています。現在出ている最新のAlbumは、2013-2015年度分です。
(4)称号の授与
作家には、FIDE Albumに掲載された作品のポイントの総合計に基づいて、GM、IM、FMという、チェスと同じ名称の称号が授与されます。
解答者には、主にWCSCを中心とした解答競技でのレーティングに基づいて、やはりGM、IM、FMという名称の称号が授与されます。日本の解答者としては、若島正がIM、山田康平がFMの称号を持っています。
(5)世界大会の開催
WCCCと呼ばれる世界大会は、毎年夏に、主にヨーロッパで、1週間の会期で開催されます。
2012年には、WCCCが神戸で開催されました。
大会では、WCSCをメインとする解答競技や、各種の創作コンクールが行われるとともに、WFCCの会議も行われます。日本からは若島正が代表として参加しています。
WFCCの活動は、公式サイトhttps://www.wfcc.ch/に掲載されています。
WFCCに参加している日本では、1996年に日本チェス・プロブレム協会(JCPS)という組織を設立しました。現在、国内会員数は約90名。会長は橋本哲、機関誌であるProblem Paradiseの編集長は若島正が務めています。
雑誌・書籍
現在、いろんな国でプロブレム専門誌が出ています。その中で長寿を誇るのは、イギリスのThe Problemist、ドイツのDie Schwalbeが代表的なところで、フェアリーに特化したものとしては、ドイツのfeenschachがあります。
日本では、JCPSの機関誌Problem Paradiseが1996年から年4回の発行を続けており、この原稿を書いている2022年6月の時点では、97号までを出しています。
プロブレム専門書は、ふつうの流通ルートで入手できるものがきわめて少ないのが現状です。その数少ない中で、最もおすすめできるのは、John Nunn, Solving in Style(Gambit Publications刊)でしょうか。
個人作品集などの専門書は、ごく少部数のものがほとんどで、入手するには、世界大会での販売や、専門誌でのBook Saleをあてにするしかありません。
創作支援ツールなど
創作支援ツールとして、最もよく用いられているのは、Popeyeという検討ソフトです。現在の最新ヴァージョンは4.87。以下のページで、無料でダウンロードできます。
https://github.com/thomas-maeder/popeye/releases
データベースとしては、Die Schwalbeのサイト内にある、Chess Problem Database Server (PDB)が、特にヘルプメイトやレトロの検索には有効です。
https://pdb.dieschwalbe.de/
また、ダイレクトメイトに関しては、Yet Another Chess Problem Database (YACPDB)が役に立ちます。
http://www.yacpdb.org/#static/home
最後に
このサイトでは、記譜法にいわゆる代数式を用いています。これは、盤の縦列を左からa, b, c, … hとし、横列を下から1, 2, …8として、その座標系でマス目を表す方法です。
ただし、ナイトには、NではなくSを用いています。これは、プロブレムでNightriderというポピュラーなフェアリー駒を表すのに、通常Nを用いるためです。